Jun
26
日本人には「苦しみに耐えた人が偉い」という価値観を持っている人が多いように思う。日々楽しく自由な環境に恐れを抱く人もいる。そんな生活を続けていたら悪いことが起きると。しかし苦しみに耐えた人が偉いかのような価値観は、自分も周囲も不幸にしていくのではないか?
ただ苦しみに耐えることは、まず自分が辛い。精神的に追い詰められ欝になるかもしれない。他人が甘い汁を吸うための犠牲になりかねない。
もちろん人生には苦しい時もある。それに耐えなければならないこともある。でもそれは後で自分の望みを叶えるためのものであるべきだ。
苦しみは通過点。苦しみ自体が目的であってはならない。
苦しみに耐えた人が偉いという価値観を持つ人の中に、他人にも自分と同じ苦しみを所持するように強要する人がいる。彼らは苦しさを分け合いはしない。個人個人に苦しさを生じさせ、それを抱えさせようとする。こう言う人が一番たちが悪い。本人も苦痛な人生を送り、周囲も不幸になっていく。最悪である。
一人で苦しみを抱える必要はない。助け合うために人はいる。自分にとって苦しいことも人にとっては楽なこともある。逆に人にとって苦しいことが、自分にとっては楽なこともある。苦しい時は、苦しいと言っていい。みんなでわけ合えるなら苦しさをわけ合えばいい。
人が幸せになることは、必ずしもゼロサムゲームじゃないはずだ
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