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高校野球、選手を守らず「教育」とは片腹痛いね
http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/20100828/p1

個人的に語り口調が好きで読んでるtumiyamaさんのブログ。この人も根性論否定な事、言ってくれてるのがうれしかったり。

自分は野球自体あまり好きじゃないので高校野球も見ないのだけど・・・そもそも野球が好きでない理由は、理不尽な上下関係、根性論の巣窟というイメージを学生の時に持ってしまったのが一因かな。なんか小学校の時も強制的にやらされたし。残ってノックさせられたな。別に野球興味ねーっての。あんとき指導してた奴は、「こう言うやつが将来、駄目な奴になるんだ」ってな目で見てたと思う。

以来、自分は、学生の時から理不尽な根性論強要や上下関係の存在する場を避けてきた。てかなんで1年2年しか違わない相手に奴隷のごとく従わなければならないんだ。当時から疑問だった。

@tumiyamaさんが指摘してるように、体壊すまで高校野球やること強要してたら、そらブラック企業もなくならないよ。もうホント、奴隷生産教育としかいいようがないね。それで、この奴隷教育に馴染めなかった人間は、自分は間違ってないと目覚めるか、自分はダメ人間だと思い込んじゃうかだな。

自分の場合、間違ってないと思ってはいたけど、やっぱりどこかで自分は駄目人間じゃないかと後ろめたい気持ちもあった。そして今でもそれがコンプレックスであると同時に、反骨精神の根源にもなってる。俺はダメ人間と評価されてきたが、間違ってないことを自分の身を持って証明してやる!みたいな。ええ結構、執念深い人間なんです。原動力は怒り。俺を見下してきた大人が老いてしょぼくれた老後送ってるの見て嘲笑いたいです。根性悪いですねw

なんか高校野球で才能ある人が、無理強要されて将来プロ野球選手として活躍できたかもしれない才能を潰されてしまってるのだとしたら、本当に腹立たしい。

合わせて8割強の選手たちが体罰を肯定するのです。

悲しい性ですね。これってリーマン連中が残業代カット、ボーナスカットの理不尽な環境に腹を立ててつつ、周囲が定時帰ると「お前は、なってない」って叱りつけるのと同じ構図ですよね・・・

自分たち目覚めた人間から悪循環を断つようにしないと

Hatena Bookmark for this entryHatena Bookmark - 根性論が人生をダメにする Clip this entry on Livedoor ClipLivedoor Clip - 根性論が人生をダメにする Bookmark this on Yahoo Bookmark Bookmark this on BuzzURLBookmark this on BuzzURL Add to @nifty clip Post to TwitterTweets for this web page Share on Tumblr Bookmark this on FC2 Bookmark newsing it! Choix it! Add to Google Bookmark Bookmark this on Delicious Digg This Share on FriendFeed

【書評】野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男
http://thewisdomofcrowds-jp.com/2010/08/22/sr001/
激しく同意なブログ記事。

前にも書いたけど、若い頃日雇いバイトやってたときに、定年退職した人たちもたくさんいた。彼らは一生懸命会社のために何十年と仕事仕事で生きてきたが、定年になっても居場所がない、やりたいことがない。だから、日雇労働に出ていた。愚痴ばかり言ってたし、楽しい時は酒とシモネタの話くらいだった。程度が低い人間にしか見えなかった。祖父も、貧困に耐えて必死に頑張ってきたけど、晩年は誰とも話さず部屋にこもりっきりだった。うちの親父も自分に厳しく努力根性でやってきたが、視野が狭く効率化を無視した面があり、能力に見合わない結果になってしまった。(現在、挽回中。最近、根性論に陰りが見え始めたw)

自分は努力根性論が大嫌いです。体育会系の努力根性論を唱える汗臭い奴らも大嫌いだったし、奴らの不条理な上下関係も大嫌いだった。学生の頃からそういう事から逃げてきた。そんな自分をダメ人間なんじゃないか?という後ろめたい気持ちもずっとあった。

そんな自分が真剣に打ち込むことができ出来たのがプログラミングだった。そして天職になった。始めた頃は朝から晩まで食事の時間も惜しまず没頭した。

でも、それは努力根性からじゃない。本当に好きだったから夢中になれただけ。

それが自分の人生を変えた。まるっきりのダメ人間ではなかったことも証明された。

実際、学生の時、厳しい上下関係の部活動やってた連中も、大学ではダラダラやってるのも多かった。だから努力根性ありきでやってたものって意外と継続しないと思う。本当に好きでやってる人間には叶わない。本当に希望を持ってやってる人間は強い。現役スポーツ選手で努力根性論唱える連中も、自分で気づいてないだけで本当は好きでやってるだけだと思う。

また、努力根性論を盾にする人間ほど人に辛く当たる。人に優しくなれない、したことがない。また努力と結果が比例しないことに薄々は感じていて、そこに腹立たしい思いを抱えていたりする。そして金持ちや才能のある若い人間に嫉妬する。若者に根性論を強要する。性格も歪んでくる。結局、彼らは苦しみを伝染させることしかしてない。だから、人が遠ざかっていく。晩年、孤独な老後が待っている。切れる老人になるのって、こういうタイプだと思う。

人生を豊かにしない根拠ないものを信じるという点において、自分は根性論もまた一種の宗教だと思う

自分の好きなことを見つけてやりぬくこと、そしてそれを通じて出会った仲間を大切にして、利益を共有すること。恩をきちんと返すこと。それが自分も周囲も幸せになれる方法だと思う。金銭的にも精神的にも。セコセコ働く姿は醜いし貧乏臭いし、実際そこから一生抜けれられない。

一生懸命頑張った。それだけを唯一の誇りとして死ぬのはごめんです。

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「自分を追い詰めない。環境が悪いのだ。」
よくこういった発言がネット上で見られる。こういう発言を支持する人って、何でもかんでも世の中が悪い社会が悪い、そして恨み節を言い続ける人が多いように思う。

結局、自分を追い詰めてる人ってテンパって周りが見えてないのだと思う。人生はかくあるべきっていう世間の幻想をモノサシにして自分自身を測っている。

世間の常識に囚われなくていい

たとえばイジメの問題に悩んだ挙句、自分を追い詰めてしまって自殺してしまう中学生とかいる。彼らは家庭と学校だけが生きる世界の全てと捉えているのだと思う。楽しい学生生活を送ってる子供だってそういう感覚だろう。社会経験がないのだから無理もないことなんだけど。

でも、大人になって考えてみたら、学校に行かないって選択肢もあるんじゃない?通信教育でもいいよね、という発想もできる。まあ、これが子供を抱える親になっちゃうと、何としてでも学校に行かせるべきという妄想にとりつかれちゃうんだけど。でも、自分が中学生に戻っていじめられて、誰にも相手にされなくなったらどうするかって考えたら、行かないって選択肢もあるってわかるはず。

結局、大人になってからの問題も同じ。閉じた世界の閉じた価値観に縛られていることが原因。

学歴がない、就職できない、彼女ができない、結婚ができない。確かに環境が悪い面もあるけど、それで自分をダメな人間なんだと追い詰めてる原因は、自分を世間のモノサシに当てはめようとしてることだと思う。

確かにお金の問題は重要なので、何かしら労働の対価で得る必要はある。けれど、そのために必ずしも嫌なことを我慢し続け無いといけないわけじゃない。好きなことややりたい事を極めて仕事にすることだって出来る。海外ニートさんみたいに労働条件の厳しい日本を離れて、海外移住という手もある。

結婚だって別にしなくてもいい。モテないなら、それはそれで事実として受け止めればいい。それで男(女)として欠陥があるのだと追い詰める必要はない。彼女がいれば、嫁がいれば無条件に幸せなわけじゃない。それを絶対的な幸福条件と思わなくていい。他に自分を幸福に導く手段はいくらだってあるって気づくべきだ。

結局は考え方の問題。常識に囚われなければ人生の選択肢は増えていく。

これに対して「自分は悪くない、環境が悪い」という考えに溺れてしまうと、恨み節ばかりの人生になってしまう。世界も歪んでみえてしまう。自分の可能性も閉じてしまう。ちっとも人生楽しくない。だから、「あなたは悪くない、環境のせいなのだ」という短絡的な考えが蔓延していくのは、良くないことだと思う。

自分を追い詰める必要はない、自分の考え方を変えるだけでいい。

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ゲームプログラマーという職業はもうありません
http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/touch/20100806/1281120255

えらく長い記事だけど現場経験を踏まえて要約すると、

  • プレステあたりからゲームの開発規模は大きくなっている
  • 1つのプロジェクトに5人以上携わるのはザラ
  • 1人のプログラマが担当する箇所は特定の専門分野となる
  • 1つの専門分野で高度な技術と時間を要する
  • ゆえにプログラマがゲームの面白さの構築に直接かかわる割合が少なくなっている
  • そもそも企画も5人以上いるのもザラで分業
  • 企画ですら全部自分の思ったとおりに作れているわけではない

こんな感じ。

要するにゲーム開発って共同作業なわけです。

世間ではコンシューマーゲームやPCゲームなど、ある程度の規模のものを「ゲーム」として思い浮かべると思うけど、iPhoneアプリやmixiアプリのゲームのような小規模なものもある。こういう小規模ゲームなら、プログラマがゲームの面白さを追求しつつプログラミングはできます。だからゲームプログラマという職業がなくなったわけではない、と個人的には思う。

ま、コンシューマーゲームたずさわってる人間からしたら、そんなもんゴミだとか思うかもしれないけど、でも元記事のゲームプログラマの定義に従うなら、ゲームの面白さを追求する作業にきちんとたずさわってる小規模ゲーム開発のプログラマの方が、ゲームプログラマと呼ぶにふさわしい。ゲームレンダリングエンジンプログラマ、スクリプトエンジンプログラマ、ゲームフレームワークプログラマよりも。

名のある企業の名のあるゲームに携わった実績があれば鼻高々、と思うかもしれないけど、思うほど達成感はないものです。なんせ共同作業ですから。自分の作品という感覚は薄い。ま、その辺の感覚の薄さに気づいた時点で、ゲーム業界引退フラグが立ってしまったんだけど(笑)

今は自分で企画やコンサルしたりしてウェブアプリを作ったりしてますが、こっちの方が自分の作品って気がしますね。なんか小さく収まってるように見えるかもしれませんが、こういう最初は小さなものから大きな芽が出ることもあるのですよ?

ちなみに芽が大きくなったら、自分は抜けます。サービスごと売るとかして。

だってまた共同作業の歯車の一部になりたくないし(笑)

売って得た元手で、「生活のための仕事」をせずに、好きなアプリづくりに没頭。最高。

自分が元々プログラム覚えたのって、プログラムをしたかったからじゃなく、ゲームを作る手段としてプログラムを覚える必要があると思ったから。要するに何かを作るってことをしてみたかったわけで、プログラムは手段でしかない。

もっと「自分で作った」という感覚が得られる事をやりたい

それを求めてさまよってます。終わらない旅になりそうだ(笑)

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前回の記事で、プログラマの適性みたいな話が長めになってしまったので、読んだ人の中には「あー、おれはやっぱ死亡フラグだわ」とか思った人がいるかもしれない。それは本意でないので、フォローしたいと思います。「なんで上から目線なんだよ、死ね!」とか言わないで(笑)。自分だってプログラム以外、たいして取り柄のない人間なのです・・・

ソフトウェア開発の現場を上がるとき

ソフトウェア開発の現場では、いろいろと難解な局面を解決しないといけない。プログラミング能力だけでなく、営業や顧客との駆け引きや、部下や外注のコントロールなど。そういうことに疲れてストレス貯めてしまうケースは多い。逆にそういう状況を半分楽しみながらやってる人もいる。そういう人見て、この業界での限界を感じてしまった人。無理にソフトウェア開発の現場に固執する必要はないです。転職しちゃいましょう。

今までのスキルを活かして転職

元プログラマ・SEで他の仕事してる人って、ちょくちょく目にします。一人は飲食店で店長やってる人。彼は会話が少なく、人との出会いが少ない環境に耐えられなくなったのだとか。技術的にも限界を感じてしまったらしい。そして、飲食業に転職。

元プログラマだったから、エクセルで売上計算などお手のもの。簡単なウェブアプリ作ってDBで在庫管理。これだけで飲食の世界では神扱いです(笑)。あと、プログラマの集まりの中では気づきにくいけど、プログラマって論理的思考回路が一般人より発達してます。だから順序立てて物事を考えて、1つ1つ解決していく能力とか一般人より高い。理屈っぽいとか突っ込まれることもあるけど・・・

あと、ここで竹原さんも言ってるように、確かに飲食の末端の人はフワフワした人が多いようだ。
http://promotion.yahoo.co.jp/charger/bokoboko/category/r56_01.php
本当にやりたい事やるまでのつなぎとか、とりあえずでやってる人が多い。彼らは真剣じゃない。そこで、しっかり仕事に打ち込めば上に上がれるチャンスは十分あると思う。ソフトウェア開発の現場のような堅いところでやってきた経験は必ず生きてくるはず。(いちおういっておきますが、飲食業が楽な業界という意味ではありません。)

前述の飲食に転職した人も、1年で店長になった。もともとサラリーマンだったから、物腰柔らかく言葉遣いも丁寧で好感が持てる。またTwitterで集客の事例を話をしたら、すぐに理解してさっそく活用している。飲食業オンリーの人はなかなかこうはいかない(※)。なにより本人も今の仕事を楽しんでいるようだ。

プログラマとして一流じゃなくても、お店のHP制作、CMSやブログの導入、売上管理、在庫管理など、一般人よりうまくやれる人はたくさんいるはず。それだけでアドバンテージあるんです。

直球勝負で勝てなければ変化球で勝負すればいい。

転職ってなかなか一人では動きづらいけど、普段から他業種の人とつながっておけば、他への活路も見出しやすくなります。

だから人とつながっておくって大事です。

(※)ちなみに飲食業オンリーの知り合いに、CMS導入からSEO、Twitterまでバリバリやる人います・・・iPhoneやTwitterの動向とかやたら詳しかったり、自分が乗り遅れてる気がして不安になります(笑)。でも、こういう意欲高い人ってお店も成功してますね。やっぱり自分が高いモチベでできる仕事を選ぶのが一番。

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新プログラマ35歳定年説、あるいは2010年問題
http://www.arclamp.jp/blog/archives/age35.html
反論記事
http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20100719/p1
http://d.hatena.ne.jp/kkawamura/20100724/1279979363

プログラマには毎度毎度おなじみのネタですね。引用元の記事の内容は主にSIer向けの話かなと思いました。

そこで、会社員時代も帰属意識ゼロ、現在自堕落なフリープログラマが35歳限界説を語ってみる(笑)

時代の変わり目、技術の変化って?

時代が変わって、新しい技術が普及して、それについていけなくなる・・・。自分はこういう感覚がサッパリわかりません。そもそも「プログラムを書くこと」って基本同じですよね?

自分もC++、Perl、Ruby、Java、PHP、JavaScriptなど、いろいろやってきましたが、毎回全く新しいことを勉強している感覚は皆無です。「ああ、この言語ではこう書くのね」程度の認識で、方言くらいにしか思えません。

クラス作って関数作ってロジック書いて・・・そのへんの設計技術って、どの言語でも同じですよね?設計能力と実装能力があれば、どんな言語でも同じ水準の仕事ができて当然。「C++ではスペシャルだけど、Javaではヘボイです」とか言う奴は絶対C++もヘボイ。間違いなく。

もちろん認識が深くなると言語特有の小技が生かせたりしますが、別にそれができるできないで、プログラミング能力の差にはならないはず。そんなもんは後でボチボチ覚えたって事足りることだ。

35歳にもなって会社に面倒見てもらう生き方したら駄目

どの業界であれ35歳にもなって20代と同じ内容の仕事を続けてたら、お払い箱になるのは当たり前。特にプログラミング能力って適正とか才能が大きく寄与してる。適正と才能がある若い人が、学生の間、旬な技術を勉強してきたら、即実践レベルで働ける事なんて普通。実際、そういう優秀な若い人、最近も目にしたし。

若い連中の方が安く使えるから~ってのも単純な発想。会社が若い連中を採用する時、期待するのは将来会社の運命をしょってくれる人材に育ってくれるかどうかってこと。35過ぎて与えられた仕事しかこなせない伸び代のない人から、伸びを期待できる若い連中にすり替えるのは当然の流れ。

もちろん、年齢だけで面接すらしないのはナンセンスの極みだけど。ただね、35までに地場は固めよう。「それができてない=どっかで人生他力で生きてきた」だと思う。

いい加減、会社や国が面倒見てくれるのが当たり前って考えは捨てよう。

そういう意味でも社畜は糞なんです。

フリーで常駐してる時点で死亡フラグ

フリープログラマで常駐の仕事なんかしてちゃ駄目。持ち帰りが基本。常駐なんて時間的拘束考えたら会社員と変わらない。フリーだからこそ余った時間で新しいこと勉強できる。いや勉強しなきゃって感覚でやってる時点でだめぽかも。

「よーし、仕事終わったし、新しいおもちゃで遊んじゃうぞー」

このおもちゃがプログラムじゃないと。え?仕事した後に、またプログラムなんて狂気の沙汰?

だってデザートは別腹でしょ?www

あと常駐してたら人脈も広がらない。

とにかく人とつながれ

プログラマやってる人間に、コミュニケーション能力が低い人が多いのは事実。いや自分はいっぱい業界の友達いるよって、それプログラマとかシステム屋とか同じ業種ばっかじゃないですか?同じ業種で集まって会社や業界を愚痴りながら飲む仲間は人脈ではありません。

生き残りたければ付き合いの幅を拡げること。自分が技術的にスペシャル級じゃなくても、業界外の人から見たら「すげー!」ってこともままあるのですよ。逆にプログラマとして優秀でも業界外の人とつながりない人は死亡フラグだと思う。

プログラマの行き場所はソフトウェア開発の現場だけじゃない。

自分で生き方狭めずに、気楽にいきましょうよ。そっちのが人生楽しい。

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フリープログラマなら30代で1000万くらい貯めてる人って、そこそこいるんじゃないでしょうか。自分の身の回りで会社員ですが、年収600万で30歳のときに既に1000万ある人がいました。プログラマってあまりお金使う人種じゃないですからね。

ちなみには自分は30歳のとき貯金が200万でした。まあ少しは稼いでたし、独身でこの貯金額は褒められるものではないと思います。自分は結構、お金使っちゃう人で、呑み代とかに浪費していました。911の大暴落で株で大損こいて200万飛んだこともありました。

25歳から年に200万づつ、5年で1000万は貯められたはずです。昔は手取り20万で1年で100万とか貯めてた頃もあったんですけどね。どうしてこうなったんでしょうか・・・

そんな甲斐性なしの自分の話はともかく、30代で1000万とはいわないまでも、フリープログラマで500万以上貯金がある人は結構いると思います。

フリーなら1年仕事してなくても表向きのハンデはない

フリーなら複数の会社相手に仕事することが当たり前です。仮に1年仕事してなくても、それが相手の会社にばれることはありません。連絡が来たら「今は他の仕事で忙しい」と言っておけば、1年後再び仕事するときもハンデになりません。

逆に言えば、1年間好きなことしてもいいんです

これってフリーの大きな特権だと思います。常に仕事をしていなければいけない、という恐怖にかられる必要はないと思います。

500万あれば1年無収入でも十分やっていけますよね。その間に新しいサービス作ってもいい。オープンソースで何かを作ってもいい。短期の海外留学するのもいい。1年あれば、いろいろやれます。そうやって知名度を上げたり、新たなスキルを高めたりに1年くらい時間を使っても良いんじゃないでしょうか。

確かに継続して収入がある方が安心できます。けど、いつも自分の将来やスキルアップにプラスになる仕事ばかりとは限らない。むしろ人生にプラスになる仕事の方が少ない。人から請け負った仕事なんてそんなものです。

勇気を出して自分の人生の底上げしてみませんか。

ただし、セルフコントロールがへたな人にはオススメしません。ダラダラして1年終わってしまうので・・・

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   ∧_∧ やあ
   (´・ω・`)       /    ようこそ、バーボンハウスへ。
  /∇y:::::::\   [ ̄ ̄]  このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
  |:::⊃:|:::::::::::::|   |──|

今回は出不精で交友関係が偏りがちなプログラマという職種の人々(自分も含む)のために、人脈を築く貴重な場として、バーという場所を語ってみたいと思います。

バーボンハウスのAAは有名だけど、実際にバーへ足を運んだ人は少ないのではないでしょうか。社会に出ると出会う人間は同業種の人が多くなってしまい、付き合う人の層が固定化されがちです。そんな中、バーというのは、普段接点がないような人とも出会う機会のある貴重な場だと思います。

バーってどんなところ?

バーにもいろいろあります。ずらりと並んだお酒を背にして、カウンター越しにバーテンダーがカクテルをシェイクしてくれる。そんなバーを思い浮かべる人が多いと思いますが、こういったバーはオーセンティックバーと呼ばれます。オーセンティックとは本物のという意味ですが、全てのオーセンティックバーが雰囲気・お値段共に格式高くて、初心者は立ち寄れないということはありません。マスターが気さくな人で、気軽に立ち寄れるバーもたくさんあります。

もっとカジュアルなバーでは、お店の人は私服。こういった店では、カクテルをシェイクしない事もざらです。お酒の質よりも雰囲気や接客やお客さん同士が楽しめる事を目的としている事が多いです。初心者にはこちらの方が入りやすいと思います。

自分は人との出会いを楽しみにしていますが、その場合、オーセンティックバーかカジュアルバーかは、あまり重要だとは思っていません。お店の人が打ち解けやすい人で、かつ人としてきちんとしている人であれば、集まってくるお客さんもそれに準じた人になると思います。そういったお店をチョイスしていけばよいのです。ただオーセンティックバーでは、きちんとしたカクテルを作ってもらえるので、それはそれで魅力です。この件は後述します。

その他、ビールバー、ガールズバーなどもありますが、今回の話とは毛色が違うので対象ではありません。

バーって入りづらくない?

外から店内の様子が見えないバーもたくさんあります。外に看板だけポツリと出ている。自分も初めて入るバーは、ちょっと緊張します。実際にハズレもあります。しかし、この緊張感と共に新しいバーを開拓するのが楽しみでもあります。

確かに何の情報もなしに入ったらボッタクリだったということもあり得ます。幸い自分は遭遇したことがありませんが・・・。都市部ではネットで検索して探すのが良いでしょう。地方の場合は、通常の飲食店で良いバーはないか聞いてみると良いかもしれません。地方は横のつながりがありますから。

バーテンダーは技術職

オーセンティックバーのバーテンダーは、カクテル作りにプライドを持っている人も少なくありません。同じ材料でも作る人によって、カクテルの味は変わります。

バーテンダーは技術職です。

おいしいカクテルを作るには熟練が必要です。季節に応じて配分を変えたり、お客さんの気分によって変えたり、カクテルにはバーテンダーの技術と心遣いがあります。以前と同じような要求仕様でも微妙な要望の違いを吸収してプログラミングする、自分たちと共通する部分がありますね。

バーにメニューが無いのはよくある事

オーセンティックバーにはメニューがないことが多いです。初めて行った人は、メニューはありませんと言われると、なにか頼んだら後で高額な請求をされるのではないかと思うと思います。しかし、お客さんを困らせるために、メニューが無いわけではありません。

お客さんの要望を聞いて、それを満たすカクテルを即興で作るのがバーテンダーの仕事です。

だからメニューが無いのです。自分の好きな果実、甘いものがよいか、酸味のあるものが良いか、など今飲みたいものを伝えれば、その場でバーテンダーは考えて作ってくれます。既存のカクテルの種類から1つを選んで作ってくれる場合もありますし、名もなきオリジナルのカクテルが差し出されることもあります。恥をかかないようにと、カクテルの種類を調べてからお店に行くなんてナンセンス。むしろ、「今日は○○なやつを」と伝える方が粋かもしれません。

バーは自分たちにとってお馴染みのまずは自分でググれカス!とは真逆の世界なのです。

バーは出会いの場

出会いといっても異性との出会いの場ではありません(もちろん、そういう意味の出会いがあることもありますが)。バーには様々な職業のお客さんが集まります。またバーテンダーも、いろんなお客さんを相手にしています。バーによりますが、気さくなバーテンダーのお店だと、隣のお客さんとも話しやすい雰囲気になります。普段接点のないような人々と出会う絶好の機会です。

非IT業界の人からするとプログラマというのは、特殊な仕事に映ることが多いです。また最近は非IT系の人も、インターネットをやっていることは珍しくないですから、こちらの話も興味を持って聞いてくれる事も少なくありません。そういった会話の中から、新しい仕事の話が持ち上がることもあると思います。もちろんバーに来るIT系の方も多いです。

人はどこで繋がるかわからないですし、交流は広い方が人生の選択肢の幅も広がります。

どうでしょう、バーに足を運んでみたくなりましたか?バーが、あなたの人生を豊かにする場になれば幸いです。

参考文献:バーのある人生 (中公新書)

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トラックバック元記事:スーツとギークのエコな関係を斬る
http://d.hatena.ne.jp/gothedistance/20100604/1275617576
スーツとギークという区分けがなくなった時代の理由
http://d.hatena.ne.jp/iad_otomamay/20100606/1275825588

この言葉ってよくプログラマが営業職を卑下するために使われているように思う。「お前らは技術のこと何もわかりもしない癖に、俺たちが頑張っても評価されるのはお前たちだけ。ふざけんな!」

  ,j;;;;;j,. ---一、 `  ―--‐、_ l;;;;;;
 {;;;;;;ゝ T辷iフ i    f'辷jァ  !i;;;;;
  ヾ;;;ハ    ノ       .::!lリ;;r゛
   `Z;i   〈.,_..,.      ノ;;;;;;;;>  そんなふうに考えていた時期が
   ,;ぇハ、 、_,.ー-、_',.    ,f゛: Y;;f.   俺にもありました
    ~''戈ヽ   `二´    r'´:::. `!

でもある時、自分はこの考えを改めるようになりました。

結局ね、こういうのって視野の狭い妬みでしかないんですよ。

じゃあプログラマが営業できるのか?

本当に営業職がやっていることが誰でもできる下らないことだろうか。そう思っている人に問いたいが、彼らがやっていること本当にできますか?

  • 人見知りする。会話ベタ。
  • 聞く能力に乏しくお客さんがやりたい事を汲み取れない。
  • 噛み砕いてお客さんにメリットを伝えられない
  • なんでそんなこともわからないの?という態度を出してしまったり「それはできませんッ!」とか客先でもキレ気味で言ってしまう

該当する人、結構いると思います。これでは営業は厳しい。(ハイ、自分もです)

管理職になりたくない、SEにランクアップして営業やるのが嫌だ。そんな声はそこかしかから聞こえてきます。本当に営業がくだらなくて誰でも出来る仕事なら、そんな声は上がらないはずです。

営業職は自分にできないことをやっていると認める

セルフコントロールや交渉術って、それはそれで才能を擁することだし熟練した技術でもある。それができる営業職の人もある意味、技術者である。自分は最近はそう思うようにしています。

良い営業職の人を見ていると、人たらしだし(良い意味で)、普段から人の事や物事を悪く言ったりしない。明るく前向きで周囲の雰囲気がよくなるものを持っている。それを「あいつは愛想がいいだけで空っぽだ」というのは偏見です。学生時代の苦い思い出から来る非モテの妬みの可能性もある。(ええ、自分もです)

自分にはそういった才能はないと認め、その上で彼らの才能を認めました。彼らは技術者じゃないから細かいことはわからないのは当然。自分も営業職じゃないから交渉力や対話術が彼らのレベルに到達出来ないのは当然。であればお互い歩み寄って足りない分を補えばいい。一緒に目標を達成できればいい。

そう考えたら片意地張ってたものが楽になれました。

優秀な営業職の人を味方につけよう

技術屋なんか派遣でも何でもいいから人月管理して、とっとと仕事終わればいい。社内ではそういう営業職の人も多いかもしれません。しかし、良いものを作って人に伝えたい、そういう純真な気持ちの営業の人だっています。そういう人の気持ちや才能は認めて良い関係を築いた方がが絶対に人生プラスに働きます。特にフリーになれば、いろいろな人と出会うきっかけがあるので、こういう人達の好意にはきちんと受け止めるべきです。その辺どうもズボラな人が多いですが・・・(すみません、自分も気をつけます)

事実、自分もフリーになってから、そういった人たちに支えられてきました。抽象的な技術力というものは「自分はできます」って主張するより、人づてに伝えてもらう方が効果が高いですから。

彼らへの感謝を忘れないようにしたいと思います。

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「好きな仕事だから安くても良い」という妄言
http://d.hatena.ne.jp/si-no/20100520/1274366146

良いものを作るのには必ずしも大金が必要なわけではないが、とはいえ、良いものを作るには最低限の金は必要。特に昨今、予算がでないから良い仕事ができないという場面に遭遇する技術者は多いはず。

http://kinokoru.info/blog/entry/1274111694
前回のエントリで安くて質の高い仕事をすればするほど、自分の仕事の市場価値が下がって首が絞まるという話を書きました。が、今回は自分の事だけでなく、ちょっと周囲の事も考えてみましょう。お金を稼いで贅沢することは決して悪ではありません。

高級ブランド店勤務しつつ、つつましい生活の矛盾

知り合いが高級ブランドを扱うお店で働いています。本人は優秀なスタッフですが安月給です。本人はそれで悪くないと思っています。自分の好きなブランドを扱える仕事ができて幸せだし、つつましい生活を送ることも美徳だろうと。

でも、それって大きな矛盾がありますよね?

もし皆が贅沢せずにつつましく生きることを選択したなら、彼女の売っている高級商品は誰が買うのでしょう?本来、生きる上で彼女の売っている商品は必需品ではありません。無くなっても生活する上で困る人はいません。

誰か贅沢する人がいるから、彼女の仕事が成り立っているのです。

誰も贅沢しなくなったら、彼女は職を失います。彼女の好きな商品も市場から消えてしまいます。

本当に贅沢は悪で、つつましい生活は善なのか?

あなたにお気に入りの飲食店があるとします。そのお店は多少高いが、こだわりをもった食材やお酒を揃えていています。そこでの食事が、あなたの週末のささやかな贅沢です。

しかし未来が見えないこのご時世、いつ職を失うかわかりません。そんな中あなたは「みんな苦労しているし、自分は好きな仕事をできているだけ幸せなんだ」と言い聞かせるようにしました。

そして贅沢をやめました。お気に入りの飲食店に足を運ぶのも辞めました。

自炊して、お店で飲んでいたお酒はネットで安く買う。これで十分。食べられるだけ幸せじゃないか。あなたはつつましい今の生活に満足するようになりました。

でも結局それは自分のことしか考えてないのではないでしょうか?

お店の人も生活がある

その頃、お気に入りだったお店は、あなたのように贅沢するのを辞めた人が増えて、売上がガタ落ちしました。良い食材で美味しいものを良い雰囲気で味わってもらいたい。そんなお店を構えることが経営者の若い頃の夢でした。彼は若い頃、外国で本場の料理を学ぶこともしました。高い調理の技術や接客能力を身につけました。そうやって、ようやく立ち上げたお店でした。しかし今はお店をたたまざるを得ない状況になっています。

彼はお金のためだけにお店を経営していたわけではありません。あなたのような技術者同様に、こだわりをもって質の高いものを提供したいという気持ちもあったのです。また、あなたのように食事を楽しんでくれるお客さんの姿を見るのが喜びだったわけです。

しかし、お客さんを満足させる食材や環境を提供するためにはお金が必要です。食材の単価を下げれば料理の質が下がります。それは彼の中では「良い仕事」とは言えません。

結局、彼が満足できる良い仕事は、誰かの贅沢で成り立っていたわけです。

技術者ならわかるはずです。良い仕事をするためにはお金が必要なこともあると。彼らだって同じです。納得のいく仕事と生活の両立をさせたいのは誰しも同じです。

それを支えるには誰かが必要最低限以上の支出をする必要があるのです。

きちんと稼いできちんと使う方が身の回りを幸せにする

「資本主義の豚」というのは、国や社会全体、大きな市場を動せるほどの金があって、それを正しくない方向に使う人のことです。あなたがささやかな贅沢をすることは全然悪くない。

あなたが本当に身の回りの幸せを考えるなら、能力に見合ったお金を稼いで、きちんと使うことだと思います。あなたがお店で支払ったお金は、従業員の給料になるかもしれない。お店の店舗展開の資金になるかもしれない。そうやって身の回りの社会が回っていく。金は天下の回り物って言うじゃないですか。

贅沢は悪じゃない。むしろ社会貢献です。

しっかり稼いで贅沢して社会貢献しましょう。そのためにも今の不条理な労働環境から変えていかなければならない。あなたはもっと稼げる優秀な人なんだから。もっと社会貢献できる人なんだから。

「つつましい生活」というちっぽけな自己満足なんかやめましょう。