「自分を追い詰めない。環境が悪いのだ。」
よくこういった発言がネット上で見られる。こういう発言を支持する人って、何でもかんでも世の中が悪い社会が悪い、そして恨み節を言い続ける人が多いように思う。
結局、自分を追い詰めてる人ってテンパって周りが見えてないのだと思う。人生はかくあるべきっていう世間の幻想をモノサシにして自分自身を測っている。
世間の常識に囚われなくていい
たとえばイジメの問題に悩んだ挙句、自分を追い詰めてしまって自殺してしまう中学生とかいる。彼らは家庭と学校だけが生きる世界の全てと捉えているのだと思う。楽しい学生生活を送ってる子供だってそういう感覚だろう。社会経験がないのだから無理もないことなんだけど。
でも、大人になって考えてみたら、学校に行かないって選択肢もあるんじゃない?通信教育でもいいよね、という発想もできる。まあ、これが子供を抱える親になっちゃうと、何としてでも学校に行かせるべきという妄想にとりつかれちゃうんだけど。でも、自分が中学生に戻っていじめられて、誰にも相手にされなくなったらどうするかって考えたら、行かないって選択肢もあるってわかるはず。
結局、大人になってからの問題も同じ。閉じた世界の閉じた価値観に縛られていることが原因。
学歴がない、就職できない、彼女ができない、結婚ができない。確かに環境が悪い面もあるけど、それで自分をダメな人間なんだと追い詰めてる原因は、自分を世間のモノサシに当てはめようとしてることだと思う。
確かにお金の問題は重要なので、何かしら労働の対価で得る必要はある。けれど、そのために必ずしも嫌なことを我慢し続け無いといけないわけじゃない。好きなことややりたい事を極めて仕事にすることだって出来る。海外ニートさんみたいに労働条件の厳しい日本を離れて、海外移住という手もある。
結婚だって別にしなくてもいい。モテないなら、それはそれで事実として受け止めればいい。それで男(女)として欠陥があるのだと追い詰める必要はない。彼女がいれば、嫁がいれば無条件に幸せなわけじゃない。それを絶対的な幸福条件と思わなくていい。他に自分を幸福に導く手段はいくらだってあるって気づくべきだ。
結局は考え方の問題。常識に囚われなければ人生の選択肢は増えていく。
これに対して「自分は悪くない、環境が悪い」という考えに溺れてしまうと、恨み節ばかりの人生になってしまう。世界も歪んでみえてしまう。自分の可能性も閉じてしまう。ちっとも人生楽しくない。だから、「あなたは悪くない、環境のせいなのだ」という短絡的な考えが蔓延していくのは、良くないことだと思う。
自分を追い詰める必要はない、自分の考え方を変えるだけでいい。